ちょっと町まで冒険☆彡 大森ジャングル探険隊♪



カテゴリ:[ 子供/学校/教育 ]


23件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[23] 保育計画で予定調和出来ないものたち

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月15日(日)15時48分30秒 KD119104039101.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

保育園や幼稚園は計画の洪水だ。園児も保母も無意味に忙しい。多忙な行事であふれる一年間。その消化と成功のため動員される園児たちの時間。計画。消化。計画。計画は本当の所、園児にも親にも、保母たちにも、制御不能のメルトダウンなのだ。行事中心主義は良くないと言われて批判されて来たはずだ。なのに実際に少なくない人々がクタクタなのに、でも止まれない。どこまで死の行進は迷走を続けるのか? 約226万人位の子供たちが日本の保育園に在園して居る。幼稚園にはもっと居る。おおかたの保育現場では「保育計画」が日々消化されている様式と成っている。国の『保育所保育指針』が現場では事実上の手引となっている。保育園の保育に年間、期間、月間、週案、日案と細かく細かく、指示を強制し拘束している。「計画」の鉄格子の網の目にがんじがらめに閉じられている。計画の山と海の消化不良。疲れ果てた園児の子供たちの現在だ。保育園の計画脅迫の不毛とは、悉く世界と子供という複雑で、何が起こるか分からない、幾らでも応用され、研究し工夫すれば、それこそ遊びは自由自在に変化していく。自分たちの“やりたい”をとことん遊び世界を何処までも好奇心で探検していく、優れて全体的な営みが遊びの本当の位相だ。子供たちという群れて遊ぶ動態の持てる遊びの大きな可能性だ。言うなら、世界も人生も人との連なりも総て計画不可能なのだ。子供たちという不確定な柔軟な可逆性、豊かな動態には計画にそもそも馴染まない性格の豊かな生命の総和なのだ。「計画出来る事」なんて、ほんの僅かな、無意味な事にも、時には子供たちや親への暴力とも変怪する妖怪なのだという危険を然と用心しないと必ず破綻し桎梏と成り下がるのだ。保育が計画出来る領域は子供たちの持てる可能性の、ほんの僅かな限定された、言えばつまりは古びた常識以上ではない。計画出来る事よりも遥かに計画出来ない事のほうが人生でも大きいことなのだとしっかり認識する事が必要なのだ。一番忘れられているのは何の為の計画か問いかけが必要だ。肝心な所で保育も幼児教育も躓いている。計画信仰の死の行進。「計画」する事は必然として、「計画」の外へ切り捨てる行為だ。ワクワクお次は何が起こるかなー世界へのハプニングの期待を、のっけから滅ぼし、世界を貧しく消耗させる。「今日はお天気がいいからお握り作っていざ遠くへ!」新しい世界へ旅立とう。その時その時の条件で、応用編で自在に軽快に遊ぶのが、本来の子供たちの遊びの姿なのだ。それを「計画」の硬直主義は可能性を悉く閉じて排除して可能なのだという矛盾の硬直死だ。計画は計画以外の可能性を排除する二律背反なのだ。きっちりしていればいるほど、計画は計画の外へ子供たちの豊富な可能性を排除してしまう。そうして行き詰まるのだ。「もう疲れちゃった」と息も出来ない子供たちと親たちの悲惨。そこからどうやって軽く成ろうか? 計画しない経験を、保育が冒険することだ。そんなに難しいことでは無いのだ。母を求めてだっていいし、父親の職場を遊びで訪ねて見学しても楽しい。猫を百匹町で探して抱っこするのも愉快だ。まず子供たちの世界を狭く閉ざし、単調な園舎や園庭なる貧弱な「保育環境」に閉じない事が絶対だ。子供たちと町へ出よう。都市の町という自然にはまず計画出来ない、計画不能な無限の遊びの具体的な可能性が溢れてているのだ。肝心なのは、日々起こるだろう子供たちの開示する出来事が豊かな指針であり手掛かりだ。さあ腐った「計画」という「死の可能性」では無く、軽薄で軽快に、子供たちと未知なる謎に溢れた町という世界へ冒険だ!雁字搦めの不自由な管理の体系でしかない空虚な「計画」からとことん町へ無計画三昧に子供たちの“やりたい”で遊ぶのだ。子供たちの共同の好奇心を羅針盤に、大人は寄り添う人で追いかける、これが一番良いのだ。大人は見守れば良い。「計画」から何処までも何処までも隠れん坊するのだ、死の整然とした強制された行列でしかない計画の柵が、死絡みが滅びるまで「計画」を相対化しその無意味を暴くのだ!自由自在に遊び生きる子供たちの活性と「計画」は無縁だ。一番肝心なのは、子供たちが心から明るく笑えて、明日も保育所へ行こう! 幼稚園に行きたい! 友達と遊ぶのだ。生きる事がこんなにも素晴らしいと、自分たちを大好きだと思える事なのです。

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[22] ナウシカみたいに♪

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月15日(日)15時38分6秒 KD119104039101.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

ミカヌシ「さのしぃチョウチョをとりにいこうよ」

笑顔満々にミカヌシ君がトントン走って来ました。

   空「空はカブトムシがいいの」

  由紀「由紀はてんとう虫が好きぃ」

ミカヌシ君に続いて、空ちゃんと由紀ちゃんが嬉しそうに
走って来ました。
そうして3人の後、めいろう君と小さな乙女たちが、
スキップしながら、嬉しそうに爛々走って来ました。

 さち子「さのちぃ虫をとりにいきたい」

  凛☆「凛☆はチョウチョが好きなの」

 みゃあ「みゃあはイナゴの佃煮好きニャン」

 melody「メローはハチの子大好きなのお」

めいろう「ぼくもハチの子だいすきにゃん」

朝一番元気いっぱいに早速、子供たちは“やりたい♪”を
ちゃんと自分たちで決めてます。
こんなに楽ちんで楽しい保育はまずないです。保育士が
保育計画できることなんて、たかが知れてます。
群れて町を自在に遊び冒険する子供たちの世代を経験して
いる保育士は現在はまずいないのです。町を遊ばない、
そもそも遊べない保育士が遊びを指導するのは無理なのです。
子供たちが一人ひとりの“やりたい♪”の総和を自分たちの
好奇心で遊ぶ。これなら間違いないです。保育者は、ただ
町を遊ぶ子どもたちに寄り添えば良いのです。

朝馬込共同保育所に来ると、子供たちは京浜東北の線路脇の
山王三丁目公園で新鮮な朝のお陽さまの光を浴び思い思いに、
好きに楽しく遊び、町に探険に行くまで過ごします。
鬼ごっこしたり、隠れん坊したり、ヤマモモの木の基地に
登ったり、今朝はヤマモモの木の上の基地で虫を捕まえたい、
作戦を皆の総意で決めてみせたのです。


さあて“やりたい♪”は虫をとりたい!!! 如何な展開か!

ゆりぱ姉「さのし ほら子供たちが大好きなあれは」

 さのし「うんうん♪風の谷のナウシカでいこうか」

ミカヌシ「ぼく 虫が大好きぃい」

めいろう「虫たち こんちゅうわあ」

 空  「あはんふたりのコンビおかしいねえ」

 みんな「あはは(笑) 可笑しい あはは(笑)」

 由紀 「じゃあ虫つかまえにナウシカね」

 さち子「ナウシカ大好きなのねんうん」

 みんな「うんうん!やったあ」

ゆりぱ姉「虫たちにこんちゅわあ作戦だね」

 みんな「うんうん虫さたちにこんちゅうわあ作戦!」

という話で、本日の大森ジャングル探険隊はとんとんと、
“ナウシカ流虫つかまえ作戦”の決まりとなりました。


7月の優しい風のなかで青い空の真ん中の満面の笑みの
太陽の光を浴びて、保育所の前の公園にピクニックシートを
広げて冒険道具づくりの始りです。
カメラ屋さんにお願いして、貯めておいた写真のフイルムの
ケースの出番です。ケースに縦に幅5ミリ、長さ2センチの
長方形の切り込みを入れます。焼きごてを使うと簡単です。
それからケースの底に焼いたキリで穴をあけます。穴に
タコ糸を通します。抜けないよう内側にコブ団子をつくるよ。
さあ、これで“ナウシカの蟲笛”の出来上がりです。
糸の端を握り、クルンクル回せば風を切って笛の音がする。

ひゅーんひゅるーん♪

昔から子供たちに遊ばれたヒュンヒュン駒のバージョンです。

 空  「わああんいい音お」

 由紀 「うんうん♪ 空ちゃん」

 みゃあ「ナウシカみたいだねん」

 さち子「風のなかのこどものように♪」

めいろう「虫さんにこんちゅうわあ作戦 開始です」」

ミカヌシ「さあ 大森ジャングル探険隊 出発だよ!」

ヒュル~ンヒューン~“蟲笛”を鳴らしながら子供たちは、
明るい大森に町を西馬込の“タヌキ山公園”方面に路地を
軽やかにスキップして行きます。

 さのし「どうしたの 空?」

先を走っていた空ちゃんがUターンして戻って来ました。

  空 「なんで コレで虫がとれるの さにちぃ?」

あは? 言われてみれば…なあるほど。
でも遊びのダイナミズム、気分的にはナウシカ風の“虫笛”
これなら漏れ無く虫が捕まる気分だったのです。
ここに来て、この実話物語を読んでる皆さんも可笑しいと
気が付かれましたか(笑)
風のナウシカみたいに虫を採ると書いたので、イメージ
されたと思うんですが、映画でナウシカが“蟲笛”を使い
オームや巨大な蟲たちを鎮めます。あんなふうに虫を
鎮められれば漏れ無く虫をゲット出来る。はたまた“蟲笛”
鳴らして、偶然その音が好きな猫に会えれば、そこから
新しい子供たちの物語が始まる! “蟲笛”鳴らしてたら
何故か葉っぱにアゲハの青虫が居て、アゲハの青虫と
子供たちの何か新しいドラマが誕生するかもしれない。
というのが「ナウシカみたいに♪」の魂胆なのです。
これを子供たちに何と説明すれば良いのだろう。
空ちゃんの眼がだんだん冷たくなってきました。


大森中央郵便局の横の駐車場の空き地で、空ちゃんが電線に
止っているスズメたちを見っけました。

  空 「スズメ おいでよお」


 由紀 「おいでー! スズメええ~~」

はるか電線の高見のスズメに向かって“蟲笛”をヒューン
ヒュンと鳴らしている子供たちの輪っかの夢中と期待。
でもスズメは探険隊に愛想がありません。

ミカヌシ「スズメは虫じゃないもんね」

 さち子「虫じゃないから無視だね スズメごめんね」

めいろう「さち子は 頭を虫干しにしたら良いかも」

 みんな「あはは♪ めいろう君 上手」

ミカヌシ「ぼくジョーズだぞお 皆あ食べちゃうぞお」


めいろう「みんなあ 逃げろおおお」

楽しい会話のやりとりで心の結びを育み、心を合わせて、
大森ジャングル探険隊の子供たちの虫探しの旅は続きます。

池上通りを「内外無線」で渡り、善慶寺の参道から右に
路地へと入って行きます。

「あっチョウチョー」

真白なモンシロチョウがフワフワ飛んでいるのを由紀ちゃんが
見つけました。駐車場の空を、モンシロチョウがフワランと
群れて飛んでいるのです。
ブロック塀を攀じ登ると子供たちはチョウチョに向かって。
ヒュルーンヒュルーンと“蟲笛”を回しています。

 「チョウチョ おいでー」

でもチョウチョはやっぱり愛想がありません。

 「猫ーッ!」

駐車場の車の下から子供たちを眺めている猫をさち子が発見! …何なんだ? ヒュルルンヒュと不気味な音を回しながら、自分を見つめている子供たちの異様にキラキラした目?

 「フギャオーン!」

恐怖して猫は、ダダーっと逃亡します。

 「逃げないでー大丈夫だよお !」

猫を追う子供たちの夢中のキンキラリン。
必死に逃走する猫の不幸せ。何処までも追いかけて来る、
ヒユルヒューンの子どもたちの夢中。


  空 「あーっ ビワがいっぱい生ってるよ」

 melody「わはん♪ おいしそうだねえ」

 みゃあ「あはん メローちゃん 果物大好きだもんね」

見上げると“かえるのはらつぱ”の崖ぎわにオレンジ色に
程良く熟したビワの実がたわわに熟れています。
子供たちはダッシュしました。崩れかかった石段を登り、
門に打ちつけられた板をはしごにして子供たちは
“カエルの原っぱ”に走っていきます。

ミカヌシ「あーっカエルがいるよー(^.^)!」

水道工事が残したすりばち穴の底にヒキガエルが居たのです。
カエルでは一度は落ちたら二度と出てこれない蟻地獄穴。

めいろう「カエルをたすけてあげよう!」

 空  「ヒキガエルがかわいそうだよ」

 みんな「うんうん」

めいろう君の音頭で子供たちは“カエルの救出作戦”を
決定しました。町を遊ぶほどに、生命の大切を彼らは、
都市の自然から自分たちで学び、身にも心にも育みます。

ミカヌシ「わはあ いいものがあった」

ミカヌシ君は、バッチリ網が破れた網を見つけました。

這い蹲るとミカヌシ君は、カエルを網で救けようと懸命です。
ミカヌシ君が穴に落ちないように、めいろう君と乙女たちは、
ミカヌシ君をしっかり確保します。
ビックリしてのたのた逃げまどうヒキガエルのドキドキ。

ようやく網に収まったヒキガエルは穴から救出されました。

 空  「この子ピヨンちゃんね」

 さち子「うんうん いい名前だね ピョンちゃん」

カエルはピョンちゃんと命名されました。

 空  「ひとりでさびしかったのよ この子」

 由紀 「お腹すいてんだろね 可哀想に」

ミカヌシ「木原山のカエルの穴に連れて行こうよ」

めいろう「うんうん あすこならご飯もあるし」

ゆりぱ姉「うんうん 素晴らしいアイディアだね」

カエルはゆりぱ姉が出してくれた布の買い物袋に、集めた
葉っぱと一緒に入り、ミカヌシ君がピョンちゃんを運びます。

 「かゆいー」

いざ、ビワの実を採ろうとヤブのなかへ入ると、ヤブカが
めちゃめちゃに物凄いのです。

 「逃げろー」

あせあせと“カエルの原っぱ”から退散する子供たち。
でもビワは諦められません。
ならば、取って置きのビワの木のある“大森ハイツ”に進路を
とることにしました。

 さのし「大森ハイツならビワがいっぱいあるよ」

ゆりぱ姉「あそこならヤブカはそんなにいないし」

 探険隊「うんうん 行こうね大森ハイツ」

ということで探険隊は“南馬込の高台”にある大森ハイツの
ビワの木に向かうことにしました。

 空  「ビワの実 届かないよ」

 由紀 「食べたいのに採れないね!」

ミカヌシ君の拾った網でも、残念、ビワの実には届きません。
竹サオを繋いでもまだ高さが足りないのです。

ゆりぱ姉「さのしぃ梯子の出番だよ」

 さのし「はい♪さのし梯子 出動します」

大森ハイツのビワの樹には、子供たちが登るには足場の枝が
ちょっと高い所にあるのです。
そこでさのしを梯子にして、ビワの実をとり隊♪の出番です。

ゆりぱ姉「ビワの実とりに登りたい人は誰かな」

 空  「はあい 空登りたいです」

 由紀 「由紀も登りたいのお ルン♪」

ミカヌシ「アイアイサー もちろん行きます」

めいろう「ぼくもビワの実 採りに昇るからね」

 みゃあ「みゃあも行きたいよ めいろう君と一緒」

めいろう「にゃおんみゃあちゃん」

 さち子「ミカヌシ君 一緒にビワ採ろうね」

ミカヌシ「うんうん さっちゃん オッケー♪」

 さち子「ありがとう ミカヌシ君 ポッ☆彡」

後方の乙女たちとゆりぱ姉は、大きいビニールシートを広げ、
登り隊が収穫したビワの実を受け止めキャツチする係りです。
さあ、美味しい琵琶の実の収穫の季節の愉しみの始まりです。

という展開で、さのしの梯子を足場にしてビワとり登り隊の
メンバーは熟れた魅惑のビワの実の収穫に木に登ります。
木の下ではビニールシートを広げて、何故か蟲笛をヒュン
ヒュルーンと回れ回れして応援する小さな乙女とゆりぱ姉の
熱い期待の熱気が渦巻いているのでした。
木の上で収穫されるビワの実がシートにキャツチされます。
ビワの実は段ボールのテーブルに並べられていきます。
下の乙女たちからの合図でまた木の上からビワの実が届く
楽しい時間を「ナウシカみたいに♪」の“蟲笛”は不思議な
魔法のように子供たちに届けてくれたのでした♪

さあ、皆さんも子供たちと町を歩けば、何か良い事に出会える。
ちょっと町まで冒険! 町の探険隊を子供たちと一緒にぜひ
冒険して存分にどんなに愉快か、町と友達に成って下さい。

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[21] シャボン玉ホリデー♪

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月15日(日)14時43分43秒 KD119104039101.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

東京オリンピックの頃、東村山の長屋の我が家に、初めての

テレビがやって来ました。父の友達の電気屋さんが、皆で見たら

良いと無料で届けてくれたのでした。

四角い木の箱に、楕円形のブラウン管、下にはチャンネルと

音量のダイヤルが2つ。中古テレビは8畳間の壁際に鎮座。

夕方、4時頃になると、近所の大人と子供たちが集まって来ます。

「シャボン玉ホリデー」。「大相撲」。力道山が活躍する「プロレス」。

映画のように動く白黒の画面と聴こえてくる音や音楽に、8畳間

から玄関の外、ベランダの向こうまで人は溢れました。

初めてのテレビ番組に、大人も子供たちも笑いさざめき、

画面に夢中になり歓声を上げてました。


テレビという魔法が初めて届いた時代の庶民の情景です。

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[20] 母を求めて横浜♪

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月15日(日)14時16分34秒 KD119104039101.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

「お母さんにバイバイしたかったのー」

空が保育所の玄関で泣いている。空のお母さんは小学校の

先生だ。その日は野毛山動物園へ遠足で、遅れちゃうーと、

あわてて保育所を飛びだしていったのだった。

 「ねえ 空ちゃんのお母さんに会いにゆこうよ」

マリコ言う。

 「うん それがいい!」

子供たちは大賛成だ。という事で子供たちは、母を求めて

横浜へ旅立つことになったのだった。

 「おりてー」

あせあせと電車を飛び降りる。桜木町で降りるのを

関内まで来てしまったのだ。勘違いの苦難の旅のはじまり。

 「おしっこがしたい」

動物園通りでマリがしゃがみこんでしまう。トイレを探して

曲がりくねった路地から路地へと彷徨ってゆく。

 「もれるよー」

空も叫ぶ。

 「もうダメー!」

ミカヌシ君が騒ぐ。ズボンの前を押さえて子どもたちは

苦しい旅を続けていく。

 「ガッコーかも」

アヤカが山のうえを指さす。

 「行こう」

野毛山公園の崖を子どもたちは登っていく。植込みのなかを

掻き分け進んでいく。

 「空ちゃんのお母さんじゃないみたい」

別の学校の様だ。子どもたちは山の探検をつづけていく。

 「あそこは」

アサコが走りだす。茂みをつきぬけ、鉄の柵を乗り越えて

子供たちは赤土の崖をすべりながらおりていく。噴水の池だ。

 「行くね」

大森ジャングル探険隊は池の飛び石を飛んで渡っていく。

 「また行こう」

子どもたちは、遊歩道を駆け抜け山のなかへ入っていく。

えらく遠回りの苦難の旅路がつづく。野毛山動物園に到着だ。

  「空のお母さーん!」

叫びながら駆けていく子どもたち。動物たちには子どもたちは

ちっとも愛想がない。

 「だって 空ちゃんがかわいそうでしょ」

動物を見たいと言ったらアヤカがとてもボクをおこる。

子どもたちはどんどん走っていってしまう。せっかく来たのに…。

イソップ橋を走っていく。真っすぐ行けばこども動物園だ。

 「おしっこー!」

空がトイレに走っていく。と、あちらから駆けてくるのは、

あれは瞼の母ではないか!

 「なんでー?」

目をパチパチさせながらトイレに飛びこんでゆく空のお母さん。

イソップ橋の麓のトイレで母と子は熱い再会を果たしました。

めでたしめでたし♪

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[19] ■SOS!こちら鷹取山…かな?

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月14日(土)16時47分39秒 KD119104022240.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

アスフアルトの舗装が切れて路は山の中へ登っていく。

「はやくー」
「来てー」

声を残し子供たちは、冬枯れた木立の間を見え隠れしながら
駆けて行く。二月の明るい風のなかをボクたちは、京浜急行の
「田浦」から鷹取山へ向かう山路をたどっていた。
路が二手に別れている。どっちに行けばいいのだっけ?
聞くと子供たちは自信満々に答えてくれる。

「こっちだよこっち」

言うと早いか子供たちは、左手の路をどんどん行ってしまう。

「待ってー!」

マイカとさのしは子供たちのあとを追いかけている。
それがSOSのはじまりだった。

路は茂みのなかへ入っていく。
もう子供たちの姿はススキのカーテンの向こうに見えない。
ススキの茂みを抜ける…あれっ…路がない?
足元からはるかな下界までストンと深い崖が落ちている。
子供たちの姿がどこにも見えない。

遥か杉の谷の底から聞こえてくるのは子供たちの声。

「はやくーッ」
「おいでよー!」

崖の底のどこかから子供たちが呼んでいる。
崖を降り始めるとこれが泥濘んでる赤土の崖。
つるつると滑る事このうえない。

「こわいよー」

崖の途中でマイカは、木の根っこにしがみついてしまう。

「もうやだよー!」

マイカはてこでも動かない。
マイカをおんぶして、やっとの事で崖の下まで降りた。
泥と涙でべとべとなマイカの顔を見たら崖を上まで戻ろう
なんてとても言えない。しかたない。探険隊は鷹取山の方へ
深い杉の森の中へ入ってゆくしかない。

辺りは何時しか鬱蒼としたシダのジャングルになっている。

「まだ行けるかー?」
「平気だよー」

子供たちはシダの海をざわざわ泳いでいく。その後を追う。
こんな事でホントに鷹取山まで行けるのだろうか?
もう路らしき路はどこにも見当たらない。

「はやく来てー」
「こっちだよー」

シダの海の底から子供たちの声が響く。

「待ってくれーッ」

重い肩下げカバンをヤブにとられながら、子供たちの後を
追いかけている。と、突然…。

「痛いよーッ!」

マイカがどこかで叫んでいる?

「助けてー!」

どこからかアイとノンタンの悲鳴?

「早く来てー」
「痛いよー」

こんどはター坊とソウスケがわめいている?
なにが起こったというのだ?あわててさのしはシダの
ジャングルの奥へめちゃくちゃに走る。
子供たちの叫び声。シダのカーテンのあちらの子供たちの
しかめつら。と…。

「痛えーい!」

さのしは叫ぶ。これは?何とそこは至る所野薔薇の蔓が
絡み合うトゲトゲ地獄だったのだ。

「痛いよーッ!」
「はやくー助けて!」

ノバラのトゲに閉じ込められてしまって子供たちは
動くに動けない。

「助けてよー」

盛大に泣き叫んでくれる子供たち。

「動くなよー」
「死んじゃうよー」

悲鳴。

「待ってろよー」

絶望の谷底をノバラにチクチクされながら子供たちの救出に
あがいていたのだった。


「気持ちいいよー!」
「サノ氏も来てーっ」

小さなせせらぎを見つけて子供たちは、シャバシャ遊んでいる。
此処は一体何処なのだろう?どっちを見ても深い森が広がっいる。どうやって帰ればいいのだろう、大森ジャングル探険隊は?

「ヤッホー!」

さのしは絶叫したいのだ。

「ヤッホー!」

返ってくるのはただ子供たちの明るいこだまだけ。
迷子の探険隊は人家を探して沢の流れを下ってゆく。
子供たちのリュックが弾ずむ。いつしか流れはコンクリートの
側溝の水路になっている。

「あっトンネル」

ター坊が指さす。水路のコンクリートの壁に排水溝のトンネルが
口を開けているのだ。

「ねえ探険しようよ」
「行こう」

言うと早いか子供たちは、バラバラと水路に飛びおり、トンネル
に飛び込んでいってしまうのだ。

「待ってよー!」

でも子供たちは待ってくれない。さのしもトンネルに入っていく。

「さのしも早く来てーッ」

トンネルの奥から子供たちが呼んでいる。探険隊は山に来たはずだ。でもどうして排水溝の中にいるのだろう…悩みながら肩下げカバンを引きずりながら狭いトンネルの中をハイハイしてる。

「待ってくれー!」
「はやくおいでー!」

子供たちはどんどん先へと行ってしまう。狭いよー。膝が痛い。
天井の穴から漏れてくる淡い光のなかを、子供たちのシルエットがだんだん小さくなってしまう。

「帰ってこいよー」
「もっと行けるよー」

子供たちはどんどん行ってしまう。家に帰りたい…郷愁にかられて絶叫する。

「帰ってきてー!」

うん?あれは子供たち。話し声のエコーが戻ってくる。
ああ子供たちが戻ってきてくれたのだ。
頬を伝わるのは汗、それとも涙? 闇の奥から子供たちの声が
段々とはっきりしてくる。ああ子供たちだ!

「あっサノシ」
「ああみんなー!」

再会を祝う間もなく子供たちは、さっさとわきをすり抜け、
あっさり出口へ戻っていってしまう。さのしを1人残して?

「おーいサノシー」
「はやくおいでー!」

遥か遠くの光溢れる出口で子供たちが呼んで居る。
はやく…もちろん早く行きたい。でも早くは行けない。
膝が痛い…重いカバンをズルズルして必死で匍匐していた。


あれは人の住む家ではないか。ああ、あれは人の乗る自動車。
森の向こうに下界が見えて来た。うん?マイカがセーターの
すそを引っ張っている。

「みんな行っちゃったよ」
「あーん?」

マイカが指さす所、あれは…いつの間にか子供たちは頭の上に
かぶさって来てる急な崖を登っているではないか。

「待てー!」

でも子供たちは待たない。どんどん登って行ってしまう。

「行かないでー!」

あたふた子供たちの後を追いかける。

「やめてよー」

登ってみるとこれがポロポロと崩れるもろい砂岩の崖なのだ。

「怖いよー」

登るにつれて勾配がどんどん急になっているみたいだ。
ドキドキ。足元を見ると…まっすぐ下の遥かな下界で
マイカが手を振っている。クラクラ…心臓に良くない。
目を上げればカラフルなリュックが揺れながらまっ青な
空に遠ざかってゆく。

「行かないでおくれー!」

でも子供たちはどんどん行く。

「帰ってきてよー」

もう崖の縁のあちら側へと隠れてしまって見えない。
あの崖の向こうは?ぶるぶる震えて止まらないのは…
これはさのしの膝?

「おーいーッ死ぬなよーッ!」

絶叫しているのは、あれはさのし? 見上げれば何処までも
明るい青空。

と、崖の縁の青空に子供の顔がポコンと飛び出す。
ひとつ…ふたつ…みつつ…ぜんぶでよっつ…四つの顔。
生きてる!ホッとしてさのしの膝からがくがく力が抜けてゆく…
と、足もとがズルズルー。

「ひえーッ!SOS!こちら…鷹取山…かな?」


【 武田 稔 氏 解題 】

この保育の報告は馬込の保育の一つの極限を示せたものと思います。それは保育者が遊びの主導権を完全に子供達にゆだねて、子供達の嬉々とした時間が流れていると感じます。おまけに子供達に振り回されているようにさえ描けており、子供達の「やりたいよー」でここまできたことが見え、信念と言えるものを感じます。このことは保育の理想として示されているに違いないと思われるのです。

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[18] タコ焼きの楽しみ

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月14日(土)16時26分53秒 KD119104022240.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

タコ焼きが大好き♪ 子供たちの時間は何時も友達が集まる

駄菓子屋さんの店先に鉄パンが焼いてあって、

小麦粉だけ溶いたお好み焼きが10円でソースはかけ放題。

ソーセージとキャベツが入ると30円の大盛り。

自分たちで焼いて食べるのが嬉しくて仕方なかった(=^・^=)

タコ焼きは自分で焼いて食べるのが楽しい。

小麦粉と出汁を混ぜて軽く練って、半球の穴に注ぎ、ネギの

微塵切り、タコの足の切り身、紅生姜、天かすを真ん中に詰め

焼き、ひっくり返してまん丸に焼き上げる。

お終いは、ごま油を掛けて周りの皮をコンガリのパリンパリンに

焼くのが最高の至福、嬉しいじゃん。

噛むと中はフワフワの熱々のジューシー。

タコ焼きは最高だね。タコをウインナーとかソーセージとか

何でも入れればオッケーだし。

Facebookの山口久美子さんの写真を共有しました


       あのねっ?

    ここのたこ焼き???

  めちゃ(。>A<。)美味しいよっ???

   ちょい。高めの?500円!って???

   *ビミョー~~( ^o^)( ^o^


   お兄さん?の顔(^^)渋めです??


  また。くるね~~?美味しっ。('▽')  久美子。
?
写真
写真
2016/11/30
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[17]  ■ 母をもとめて横浜

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月14日(土)16時24分48秒 KD119104022240.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

 ちょっと町まで冒険♪ 大森ジャングル探険隊☆彡

     ■ 母をもとめて横浜

☆゚"・":,。"゚"・":,。"★゚"・":,。"゚"・":,。"☆゚"・":,。"゚"・":,。"★

 「お母さんにバイバイしたかったのー」

空が保育所の玄関で泣いている。空のお母さんは小学校の

先生だ。その日は野毛山動物園へ遠足で、遅れちゃうーと、

あわてて保育所を飛びだしていったのだった。

 「ねえ 空ちゃんのお母さんに会いにゆこうよ」

マリコ言う。

 「うん それがいい!」

子供たちは大賛成だ。という事で子供たちは、母を求めて

横浜へ旅立つことになったのだった。

 「おりてー」

あせあせと電車を飛び降りる。桜木町で降りるのを

関内まで来てしまったのだ。勘違いの苦難の旅のはじまり。

 「おしっこがしたい」

動物園通りでマリがしゃがみこんでしまう。トイレを探して

曲がりくねった路地から路地へと彷徨ってゆく。

 「もれるよー」

空も叫ぶ。

 「もうダメー!」

ミカヌシ君が騒ぐ。ズボンの前を押さえて子どもたちは

苦しい旅を続けていく。

 「ガッコーかも」

アヤカが山のうえを指さす。

 「行こう」

野毛山公園の崖を子どもたちは登っていく。植込みのなかを

掻き分け進んでいく。

 「空ちゃんのお母さんじゃないみたい」

別の学校の様だ。子どもたちは山の探検をつづけていく。

 「あそこは」

アサコが走りだす。茂みをつきぬけ、鉄の柵を乗り越えて

子供たちは赤土の崖をすべりながらおりていく。噴水の池だ。

 「行くね」

大森ジャングル探険隊は池の飛び石を飛んで渡っていく。

 「また行こう」

子どもたちは、遊歩道を駆け抜け山のなかへ入っていく。

えらく遠回りの苦難の旅路がつづく。野毛山動物園に到着だ。

  「空のお母さーん!」

叫びながら駆けていく子どもたち。動物たちには子どもたちは

ちっとも愛想がない。

 「だって 空ちゃんがかわいそうでしょ」

動物を見たいと言ったらアヤカがとてもボクをおこる。

子どもたちはどんどん走っていってしまう。せっかく来たのに…。

イソップ橋を走っていく。真っすぐ行けばこども動物園だ。

 「おしっこー!」

空がトイレに走っていく。と、あちらから駆けてくるのは、

あれは瞼の母ではないか!

 「なんでー?」

目をパチパチさせながらトイレに飛びこんでゆく空のお母さん。

イソップ橋の麓のトイレで母と子は熱い再会を果たしました。

めでたしめでたし♪

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[16] 鍵猫の不幸

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月14日(土)16時23分42秒 KD119104022240.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

YouTubeの動画に、カンヌキを見事にはずして檻から

抜け出してみせる猫の動画がありました。なんて賢い猫?

心から笑えないで見ていました。寒さを覚えたのです…。

町で伸びやかに自在にしてる猫が、たまらなく愛おしいです。

屋根の上の猫の欠伸。なんて気持ち良さそう。道路の脇の

原っぱで、懸命に跳ねて、逃げるバッタを追い駆け、それ以上に

ジャンプして捕まえて食べて必死に生きる町猫たちの姿。

都市の町で生きんとする命ギリギリの姿に目が剥がせません。

こういう町猫の拘束されない姿、都市という自然の中で懸命に

生きている様子。勝手に人間が持ち込み、棄て、放置し、要らな

くなれば殺処分して来た町猫を、町犬を救けたい。守りたい。

町猫はどうやっても人が、飼い主が飼いきれないと捨てて

さらに増やし続けて来ました。ならば町猫たちが町で少なくとも

市民権を得て都市の町の住民と共生できる道を用意する事が

今、とても必要です。町のどこにでも町猫が居ても自然な町を

新しい時代の素敵な都市と人を用意する事が必要なのです。

子供たちも同じです。家や児童公園や充実した児童施設に

保護され安全漬けで生命をすり減らす虚無。保育園と幼稚園の

安全に隔離して一日中閉ざすのは間違い過ぎる犯罪です。

こんなに素敵なお天気だよ、さあ外へ飛び出そう。どしどし町へ

子供たちと飛び出し、面白い事満載の町の自然を遊ぶのです。

猫や犬、鳩や雀、森、原っぱ、路地、崖、川とか・何でもありの、

子供たちの世界である地元の町、都市と言う自然を自分たちの

“やりたい”で存分に楽しむ。好奇心を道案内にトコトン遊べば

良いのです。町という自然の時空を自由自在に存分に飽きる

まで遊ぶと良い。 そうすれば何時か町という新しい都市の

自然を、猫や犬も自由にして居る町を、まるごと子供たちが

自由自在に遊べる新しい都市の町を用意出来るのです。

はっきり言います。この道以外に時代の方位は、無いのです。

解体され消滅して70年にも及ぶ長い時間を、地元の町を群れ

て遊ぶ子どもたちの群れ。子どもたちの世代は喪失されてた。

新しく子どもたちの世代を構成していく事が、が時代の重大な

課題になってます。ここにしか真の優しい強靭な無垢の魂、

生命の意味を大切を真に経験した愛が滋養される文化は

有り得無いのです。町を遊ぶ子どもたちの育ちを共に守り

応援していく、人と人の心の繋がりの大きな輪を作るのです。

そうすれば時代は良い方向へ転位出来ます。

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[15] 失われた愛の哀歌

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月14日(土)16時18分25秒 KD119104022240.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

懐かしい、愛しい、既に失われた恋に、愛に触れると心は、

切なく儚い慕情、思い出へ流れ出します。

何時しか誘われるのは、懐かしい初恋の甘酸っぱい思い出。

学校の時、クラスの憧れたあの人の面影。

仄かに幻の様に浮かびあがる情景を、ゆっくり捲り、

手繰りながら謎に隠された迷宮へ迷い込みます。


あの時、胸が痛くなるほど好きだったあの人は、

今はどうしているのだろう・・・・ふと何だか気になる・・・・

無性に思いを呼び覚まされる胸に沁みる時間に届いてしまう。


別れて来てしまったあの人は、幸せに暮らしているのかな?

好きな人と一緒に巡り逢えたのかな?


止め処なく思惟が、想いが万華鏡のように

不思議な光と影の彩りの去来する世界へ巡ります。


それにしても? 何が切っ掛けだったのだろう ?

あんなに好きだったのにどうして別れたのか?

何時の間にか二人は、気持ちに乖離が生まれ、

距離を感じ・・・・別離を迎えた??


その後、連絡も途絶えて二人は一人に、独り・・・・

何処とも無くひどく離れた遠い地平へ来てしまった。


運命の残酷に、狂おしく、激しく強く胸を抱きしめた。


 何故? どうして? その訳は?


謎が木魂するだけ。幾つも微妙で複雑な想いを残影しながら、


  どんなに問うても、訊ねても貴方はもう居ない!


      淋しい雨の降るの、奥知れず・・・・

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[14] 遠くの意味

投稿者: さのし 良 投稿日:2017年 1月14日(土)16時16分47秒 KD119104022240.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

共同保育所の知人と、保育問題の席上、話しているうちに相当

意見が合わず対立ました。以後一度も話が出来ずに居ました。

その時の論点ですが、会のテーマは「楽しい保育をしているか?」

だったのですけど、彼女はこういうことを言っていました。

自分たちの共同保育は、食品添加物や農薬を使わない安全な

食品で食事を作り子供たちに食べさせている。これが自分の所の

楽しい保育なのだ、という話なのです。首をかしげてしまいました。

素直に聞いてしまいました。自然食品を食べている事があなた達

の保育が子供たちとどう楽しく遊んでいるかとは違うでしょう。

どんなふうに子供たちが充実して遊んでいるか? これが今の

話題なのだから。でも彼女にすれば、安全な食品を子供たちに

美味しく食べてもらっている訳、それが保育とは関係無いみたい

に言われたので、怒ってしまったわけです。彼女の名誉のために

書いておきますが、その共同保育所は町を日々、子供たちと実際

に遊んでいます。でも、いざ自分たちの保育はと聞かれると、子供

たちの楽しい姿ではなく、無論食事も子供たちの生活のひとつの

大切ですけど、世間でもなんとなく「良い事だ」と了解されている

ところで、安全な食事を追求してるで済ましてしまう、本当にどん

なに楽しい保育を遊んでいるのかを伝えないでいるのに無自覚、

気づかないでいる勘違いが意外なまでに思考を支配しています。


もうひとつ話題です。個人の無認可保育園の園長さんなのです。

とても善意の人で、「私は世の中の皆さんの困っている方を救け

てさしあげたいと思い、奉仕のつもりで保育園をやっています。」

園長が毎度ワンパターンにいつも口癖にしているのを聞いて、

言葉の定形に溢れている自分の自慢に、はっきり言うとヘドが

出る気分でした。一体、自分がやっていることを語る時、初めた

動機は何を説明するのかしっかり思慮されると良いのです。

園長の様に、宗教的善意で世の困っている人を助ける、預ける所

が無くて困ってるお母さんお金を貰いを受け入れて居るから、さも

人助けしてるのだ。これを何度語って何の意味が在るのだろか。

保育所の社会的役割を丸で自分の手柄と功徳の勘違いを人に

押し付ける無神経、これは精神の不毛です。肝心なのは一体

毎日子供たちとどういう保育をしているのか。これが一番に

仕事の責任としても語られるべき事なのです。なのに保育の話は

内容が無いからなのかまず語られない。関係ない話がされてる。

こういう社会的なあり方、振る舞い方にちゃんと異議をはっきりと

言いたいのです。保育は、具体的に子供と時間を相手にしている

わけです。その相手の仕方として、時代の相とか、社会での子供

一般との様相との関連とか、歴史のなかでの遊びの内容の充実、

思想的な意味とか、保育での遊び自体を問題にする事、これが

語られ問われなくてはまったく無駄なのです。


最後の話題。重度の障害児の施設で働いている人がいます。

とても一生懸命な人で、子供たちに対して必死にやっています。

その人に言わせると「自分は障害者の差別を無くすために、この

現場にとどまってゆく」と言うのす。でも、これはどんなに真摯な

純粋な気持ちでも誤解なのです。彼が現場的に出来ることは

具体的ななにちゃんを気遣い、面倒を見たり、必要な介護する。

日々の具体的な生活の全体に寄り添い救けるが仕事なのです。

それ以上の社会的な文脈、解放とか反差別の闘いという社会の

文脈とは次元が違うのです。ある人が居て、その人が自分の

やっている事を、何の為にやるのか幾らそれを、社会との関連で

語ったとしても、社会の視点から正しいとか、良いと言う事と、

具体的な子供との関わりの充実とは関係無いのです。遊んでる事

自体の充実、日々子供たちが充実して生きているかとはまるで

無縁な関係無い事です。何のためうんぬんという自分への過剰な

思い入れである「思い」で、世間の了解の水準で良い事だから

あたかもやっている事が何か良い事のような感じがしても、

本当は無意味の無内容なのです。しかと気づいて下さい。

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